美しい日本語を学んで、日々をおだやかに生きませんか(後編)

恩を感じるからこそ「ありがとう」といえる

「ありがとう」という言葉は、恩を感じた時に、使います。
その恩がわからなければ、ついつい「ありがとう」という言葉を忘れてしまうのが私達です。

歴史を振り返れば、今日の日本は大変恵まれており、どれだけ感謝してもおかしくない状況ではありますが、感謝するどころか、「こんなに苦しいのであれば、生まれてこなければよかった」、「こんな辛い目にあわねばならないのも、社会が悪い、世間が原因だ」と不平不満を感じることがあります。

これでは、折角の大切な「ありがとう」という言葉があっても、感謝を忘れ、自分も周りもいがみ合ったり、傷つけ合ったり、罵り合ったりして、不幸や不満が伝染してしまいます。「ありがとう」の言葉をもっと使える様になるためにも、日頃から受けている大変な恩について、確認していきたいと思います。

仏教は、恩の教え

「恩を知るは大悲の本なり」というお言葉があります。大悲とは、仏教のことです。恩を知ることが、仏教の根本であると言われ、恩ということを、非常に重視して教えられているものが、仏教です。恩とは、原因を知る心と書きます。

なぜこんなにも恵まれるのか、どなたのお陰か、これを知る事が、恩を知るという事です。

恩を知るには、努力が必要です。最初は誰しも、恩を当たり前と受け流し、恩だとは気がついていません。

恩を知る時のおすすめの方法が、「源泉ゲーム」

これは、今起きていることが、なぜ起きているのか、この元をたどっていく遊びです。

現在、スマホでこの記事を読んでいる方がほとんどだと思います。

ではなぜこの様にスマホが使えるのか。
それは電気があるからです。
なぜ電気が使えるのか。
それは電気を発電している人があるからです。
なぜ電気を発電できるのか、それは電気の発電所が稼働しているからです。
なぜ発電所が稼働しているのかというと、そこで働く方があり、発電機を動かす燃料があるからです。
そこで働く人がいるのはなぜか、どうして、そこに燃料があるのか。。。。

この様に、どんどん掘り下げていくと、どこどこまでも掘り下げることができ、今のこの瞬間も、多くの方の恩があったなればこそ、実現できているものばかりです。大変なご恩の中に生きていることが知らされます。これを知れば、どれだけ「ありがとう」という言葉を使っても、足りないことがわかります。決して当たり前ではないことを、よく知ることが大切です。しかし、ついつい私達はすべての事が当たり前になってしまっています。恩を忘れてしまうからです。ですから、何度も何度もこの恩を知る心がけが大切です。

生きた学びをしよう

その方法の1つとして、恩を教える、仏教を継続的に学ぶことが大切です。知識だけを増やす学びとは違い、仏教は生活に即し、実践まで含めた生きた学びが教えられています。その学びは、本を読むだけ、ネットの記事を読むだけでは難しいものです。ぜひ、共に仏教を学ぶ人との交流をして、継続的に仏教に触れることをおすすめします。その一つとして、パーソナルレッスンはインターネット上でもできる、生きた仏教の学びができますので、よろしければ、申し込みください。

オンライン講座

『美しい日本語を学んで、日々をおだやかに生きませんか』(前編)

ご視聴頂き、ありがとうございました。
よろしければ、感想や質問をお送り下さい。
皆様の感想が非常に励みになります。
後編をご希望される方は、タイトルと後編希望という記載をして頂ければ、
ご案内いたします。

より多くの方に、仏教の素晴らしさを知って頂きたいと、
日々、講座をしておりますが、
どういう内容が皆様に求められているのか、
研究をしています。

その時に、率直な声は非常に貴重です。
応援してくだされるお気持ちとして、
ご協力頂けると幸いです。

    ※個人情報の利用
    当ウェブサイトで収集した個人情報は下記の目的以外では利用いたしません。
    ・お申し込みされたサービスをお届けするため
    ・お問い合わせに対する返答を送信するため
    ・新しい情報サービスを提供・開発するための統計資料とするため
    ・匿名で感想を紹介で使うことがあります。

    最新情報をチェックしよう!