『「もののけ姫」に描かれた、メッセージ「生きろ!」の意味とは』(前編)

もののけ姫のポスターは「生きろ。」のメッセージが、非常にインパクトが強く、心に残っている人も多いと思います。その短い一言の中におさまっているメッセージは、今の時代の私達にとって、大切なことです。それを踏まえた上で、私達が日々、生きていくために大切なことを、学んでいきたいと思います。

もののけ姫は、アシタカの住む村に「タタリ神」が現れるところから始まります。自然を破壊され、居場所を奪われたある山の主が、怒りと憎しみの塊となり、あの様なおぞましい姿になったと言われています。後にわかることですが、自然を破壊したのは、エボシ御前が、富と力を求め、領土を広げようとしたところから始まっています。この最初の部分だけでも、もののけ姫には、人間が様々な、悪を犯し、罪を造っている姿が描かれています。

仏教では心で犯す罪悪を3つ「貪欲、瞋恚、愚痴」と教えられています。

限りのない欲の心

最初の貪欲とは、底の知れない欲の心です。金が欲しい、物が欲しい、ほめられたい、みとめられたい、もっともっとという限りのない欲で私達はどれだけ恐ろしいことを思い続けているでしょう。エボシ御前は、自分の為ならば、平気で生き物を殺し、自然を破壊し、そして、戦の勝利のためならば、仲間さえも簡単におとりにつかいます。土地を奪うために、土地の主に銃口を向けて、そして、それが遠因となり、祟り神を生み出し、アシタカの村が被害を受けました。自分の家族に多額の保険金をかけておき、その保険金欲しさに家族を手に掛けたという悲しいニュースは、時折、耳にしますが、そんな恐ろしいことを実際に考える人があります。もっと日常的なことで考えてみると、心の中では、「あの人がいなくなれば、こんなにも苦しい思いをしなくていいのに」、「この人がいなくなれば、もっと自分が幸せになれるのに」と人を邪魔に思うことはないでしょうか。たとえ、それが、どんなに大切な人であっても、お世話になっている人でも、自分のためならば、平気で心の中で相手を殺します。

すべてを焼き払う怒りの心

そして、その欲の心が妨げられると出てくる心が怒りの心です。サンが、森を破壊され、エボシ御前に刃を突き立て、殺そうとしましたが、これも怒りの心から来ている行動です。私達も、アイツのせいで儲けそこなった、コイツのせいで、恥かかせられたとなると、怒りの心が燃え上がります。富岡八幡宮というところでおきた事件は、この怒りの心の恐ろしさを感じた方もあると思います。宮司という立場にたち、豪遊をしていた男が、親に宮司としてふさわしくないと、解任させられて、その姉が次の宮司になりました。それに腹を立てた元宮司の弟は、白昼堂々、実の姉を日本刀で殺害しました。その怒りは、姉を刺した時に、日本刀が折れるほどであったということです。怒りの炎が燃え上がれば、こんな恐ろしいことを実際にしてしまうのが私達です。手にかけて、相手を傷つけなくても、私達は言葉でどれほど相手を傷つけて、殺しているかわかりません。言葉で深く傷ついた経験のない人はないでしょう。言った方が自覚がなくても、言われた方は、死ぬまで忘れないものです。

他人の不幸を喜ぶ悪魔の心

次の愚痴とは、ねたみ、そねみ、うらみの心を言います。とても欲を起こしてもみても、怒ってみても、叶わぬ相手と知ると、ねたみ、そねみ、うらみの心がわき上がってきます。相手の才能や美貌、金や財産、名誉や地位をねたみ、そねみ、相手の不幸を喜ぶ、悪魔の心が出てきます。なんで自分だけがこんな目にあわなければならないのかと、身近な人で、注目を浴びている人をみると、どこか面白くない心が出てきます。会社の同僚、友人、仲間が、活躍するのを見ると、嬉しいと思う気持ちがないわけではないのですが、どこか手放しに喜べない心はないでしょうか。失敗した、怒られた、振られたと聞くと、表には出さなくても、心のそこでどこかニヤリとする心はないでしょうか。そんなゾッとする心が愚痴の心です。週刊誌に、不祥事が掲載されると、内容が気になったり、近くでパトカーや救急車が停まるのをみると、何があったのかと気になる心も、このひとの不幸を喜ぶ、愚痴の心の表れです。こういった、人間の心の中にある、醜い心、人には言えない、知られたくない心が描かれている作品だからこそ、多くの人を惹きつけているのではないでしょうか。

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