色あせない鬼滅の刃ブーム。人気漫画から学ぶ人生哲学(時透無一郎・前編)

鬼滅の刃の人気の一つに、魅力あるキャラクターの数々がありますが、そのキャラクターを掘り下げて、人生にとって大切なことを学んでみたいと思います。

今回は、霞柱の時透無一郎です。

アニメより

時透無一郎は、貧しい家の生まれで、父親の仕事は木こりでした。ある時に、母親が肺炎にかかりました。その母親のために、嵐の中、薬草を取りにいった父親は不慮の事故で命を落とし、まもなくして母親も病で命を落としました。双子の兄、有一郎と二人だけとなってしまいました。

無一郎が11歳になった時に、家に鬼がやってきて、兄、有一郎が瀕死の重傷を負いました。無一郎も大怪我を負いながらも、鬼を退治し、ギリギリのところを鬼殺隊の人に助けられるも、有一郎は帰らぬ人となってしまいました。その後、治療の末、一命を取り留めた無一郎ではありましたが、記憶をすべて失ってしまいました。ただ一つ残っていたのは、鬼に対する怒りのみで、それから、鬼殺隊の剣士を目指し、血のにじむような努力の末、才能を開花させ、柱となります。

そんな無一郎ですが、鬼を殺すこと以外には、全く関心を持たず、非常に冷徹な性格をしていました。鬼を殺すためならば、仲間の命も平気で見捨てていました。しかし、炭治郎と接することで、少しずつ変化していきます。

そんな無一郎から学び取れることは沢山あるので、今回はその無一郎にスポットをあてて、書いていきたいと思います。

目的を達成するためには手段は選ばない

記憶を失ってからの無一郎は、鬼を殺すことしか考えていません。見た目とは裏腹で、非常にリアリストです。

「君がそうやってくだらないことをぐだぐだぐだぐだ言っている間に、何人死ぬと思っているわけ?柱を邪魔するっていうのはそういうことだよ」
「柱の時間と君たちの時間は全く価値が違う、少し考えればわかるよね?」

と、どこかのベンチャー企業のワンマン社長の様な発言を連発します。その後も、強敵が現れて、現場に向かう途中、弱い鬼に殺されかけている仲間を、見過ごそうとすることもあります。目的を達成するためならば、他の犠牲はどうでもいいという様な自己中心的な性格が見て取れます。

自己中心的な生き方は、成果をあげる一方で、多くのものを失う生き方です。なぜならば、その自己中心的な生き方をしている人は、相手の立場に立った言動ができず、その不用意な言動で多くの人を傷つけ、蹴落としていくからです。気がついたときには、周りから人がいなくなるという悲劇が引き起こります。

不用意な言動が引き起こす悲劇

相手の立場に立つことは大切だと色々なところで言われます。自分がこういうことを言ったり、やったりすれば、相手はどう感じるか、ここを考えないと、無自覚に周りの人を傷つけたり、腹を立てさせたりします。相手のことを褒めるつもりで言ったことが、相手の地雷を踏むことも少なくありません。

たとえば、肌が綺麗な人だと褒めるつもりで「肌が白くていいですね」と言ったとします。周りの人から褒め言葉と思われていても、当の本人にとって、非常に気にしていることということがあります。貧血気味で嫌だとか、不健康そうで嫌だという様に思っている人もあります。ある女性が、幼い頃に友達から肌が白いことを「おばけみたい」という一言で深く傷き、トラウマになっているという人がありました。友達はほめているつもりで言っていたそうなのですが、その女性にとっては、もう忘れることのできない深い傷になってしまったそうです。これは一つの例ですが、私達も、何気ない一言で、深く傷ついた経験はないでしょうか。また、逆に無意識のうちに相手を傷つけていることがあります。言った方が忘れていても、言われた方が死ぬまで忘れられない様なものです。

続き

自分のことしか考えていなかった時透無一郎ですが、炭治郎と接することで、徐々に、相手を思いやる心が芽生えていきます。鬼に殺されそうな仲間を助けた後、その仲間から、逆に命を助けてもらうことがありました。そこから自分ひとりだけの力には限界があるこ[…]

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