ブッダが教える最幸の生き方(前編)

情報社会の生き方

情報があふれる社会になり、ますます情報の取捨選択が大切になってきました。現在、世界にある情報の総量は想像を遥かに超えています。2017年の段階では毎月1217億ギガバイト(=122エクサバイト)、2021年には、278エクサバイトまで膨れ上がると言われています。

1ギガバイトだと、通常画質の動画ならば120分、2時間見ることができます。

それの、1217億倍ですから、2時間の映画1217億本見ることができるということです。一ヶ月は、744時間ですから、約16万5千人がノンストップで映画を見続けないと、消費しきれないデータ量です。しかも、それが毎月毎月使われるデータ量です。それすべてを目にすることなど、現実的ではありません。「知ることが大切なこと」と「知らなくてもいいこと」とに分けることが大切です。ここで大切という基準は、

①人生への影響力が大きい
②共通性がある
③普遍的なもの

です。逆に「知らなくてもいいこと」とは、自分の人生への影響が小さく、時代によって変わり、また、共通性はなく、個々のものです。

賢い人とは多くのことを知る人ではなく、大事なことを知る人である 。 アイスキュロス(ギリシャの詩人)

と言われる通りではないでしょうか。

しかし、現在は、あまりにも情報があふれているので、何が重要なのかという判断も簡単にはできません。では、どうすればいいのか、最近、よく言われることとしては、誰が言っていることなのか、ここも大切であると言われています。自分自身の日常を振り返っても、誰から情報を手に入れるか、決めてないでしょうか?オンラインサロンに入って、キングコング西野さんから、情報を得ている人や、ホリエモンから情報を得ているなど、誰かしら、人を決めて情報を手に入れる様になっていると思います。この情報の洪水の中で、誰から情報を得るか、この見極めも、とても大切になってきます。では、誰から得ることがいいのか。これは、考える時には、

①時代に左右されずに評価を受けている
②様々なジャンルの人から評価を受けている
③わかりやすいという事

が大切になってきます。

世界で注目されている仏教

その条件を満たしている人としては、お釈迦様がまさにそんな方です。

お釈迦様を、褒め称えている人は、非常に多くあります。

“実業家 マーク・ザッカーバーグ
仏教は素晴らしい宗教であり、哲学でもあります。私は徐々に学んでいるところです。もっと深く理解できるように学び続けていきたい”

“世界的な心理学者ユング(スイス)
仏教はこれまで世界の見た最も完璧な宗教であると確信する

“イギリスの哲学者・数学者のバートランド・ラッセル
今日の宗教では、仏教がベストだ。その教えは深遠で、おおよそ合理的である”

“二十世紀最大の物理学者 アインシュタイン
現代科学に欠けているものを埋め合わせてくれるものが
あるとすれば、それは仏教です”

“ドイツの有名な哲学者 ニーチェ
仏教はキリスト教に比べれば、100倍くらい現実的です。
仏教は、歴史的に見て、ただ一つのきちんと論理的にものを考える宗教と言っていいでしょう。”

生化学者  水原舜二
仏教は、往々にして、宗教という言葉から受ける、
神秘的・非科学的イメージとはかけ離れた、非常に知性的な宗教です。
奇跡や、おかげ話とは、なんの関係もありません。”

など、様々な分野で活躍されている多くの人が、褒め称えています。

仏教に教えられている「人生の目的」がなぜ大切なのか?

この仏教の中に教えられていることは、何か。それは、私達にとって、最も大切な「人生の目的」です。この人生の目的を知らずに生きるということは、店の名前も、場所も、外観も何も知らないまま、友達から勧められた店へいく様なものです。美味しいラーメン屋さんがあったから、一度でいいから食べてもらいたいと言われたとしましょう。この情報だけで、目当てのラーメン屋さんに到着できるでしょうか?
何味のラーメン屋さんなのか、どこの町にあるのか、店名はなんというのか、住所は何か、これらの情報がわからなければ、目的にたどり着いて、美味しいラーメンを口にすることは不可能でしょう。仏教で教えられている「人生の目的」を学ぶということは、その美味しいラーメン屋さんの情報を手に入れる様なものです。

仏教の根幹

今回は、それを踏まえた上で、その仏教を正しく理解を深めるために、絶対に欠かすことができない「因果の道理」について、書いていきたいと思います。

因果の道理とは、仏教の根幹と言われます。根幹ですから、この因果の道理がわからなければ、仏教はもうわからないということです。ここでわからないというのは、なぜそういう事が、仏教で教えられているのか、そして、それが私の人生とどの様な関係があるのかがわからないということです。学問的な意味での理解、言葉の辞書的な意味を知るだけならば、文字さえ読めればわかりますが、この因果の道理がわからないと、世界の著名人が絶賛している訳もわかりませんので、よく知って頂きたいと思います。

道理」とは、いつでもどこでも変わらないものを言われます。仏教は約2600年前のインドで説かれた教えですが、その2600年前のインドでも、中国に渡った時も、そして、今日の日本でも正しいこと、成り立つものが道理です。これからどれだけ時間が立っても、変わらないことが道理です。これは言葉を変えれば、どんな人にも通じるということです。いつでもどこでも成り立つということは、条件がないということです。こういう人にはあてはまるけど、あの人にはあてはまらないということはありません。だからこそ、いつの時代でも、どこの国でもあてはまるものです。そういうものを、仏教では「道理」と言われます。

次に、「因果」とは、「原因」と「結果」ということです。どんな結果にも必ず原因がある、原因なしに起きる結果は万に一つもないということです。これは、どこでも言われていることです。事故が起きれば、必ず事故の原因究明が行われます。新しい病気が見つかっても、その病気の原因は何かを、研究されます。未知の現象が確認されても、これは原因がありませんとは言われず、必ずその原因分析が行われます。経済の動きも、なぜこうなったのか、ニュースでも報道されますが、これも、結果に対して、原因を調べたことが述べられます。仏教は特に、「原因」と「結果」の関係に対しては、厳格にみられます。原因がわからない時に「偶然」という言葉が使われることがありますが、仏教では「偶然」は絶対に認められず、原因が「ない」ということは認めず、原因が「わからない」という事があるのだと教えられてます。この「原因」と「結果」の関係については、それぞれの持ち回りがあります。科学ならば、科学の原因と結果の追求をしていますし、病気の原因と結果の追求は医学の分野です。では、仏教の受け持ちは何かと言いますと、これは私達の最も知りたい「運命」の「原因」と「結果」の関係を教えられています。

ではどのように教えられているのか、それは次回書いていきます。

続き

運命の原因と結果の関係は? 「因果の道理」は私達の「運命」の原因と結果の関係を教えられています。占いが今でもなくならないのは、自分の運命がどの様にして決まるのか、知りたいけれど、わからないからではないでしょうか。科学の進歩によって、様々な[…]

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