しくじり先輩がこれだけは10代に伝えたいたった1つのこと(前編)

誰でも、1度や2度は失敗するものですが、できれば防げる失敗は回避したいものです。具体的な失敗は色々とありますが、多くのことは、失敗の原因は通じるものがあります。ですから、先人の失敗を教訓としていくことが大切です。様々な歴史上の人物の失敗がありますが、今回は、豊臣秀吉の人生を通して、学んでいきたいと思います。

豊臣秀吉とはどんな人物か

天文6年(1537年)尾張(現在の名古屋)で生まれたとされています。元々は、農民の生まれと言われ、中でも一番貧しいとされる水呑百姓といわれています。そして、天文23年(1554年)頃に、織田信長の雑用係として、使えるようになります。そして、様々な功績をあげ、最終的には、信長の死後、天下を統一しました。その後も、戦を続け、キリスト教を追放した(バテレン解放)と、明国への攻め入りました。そして最後は、慶長3年(1598年)に亡くなったと言われています。

水呑百姓とは、百姓の中でも、非常に貧しく、自分の土地を持たず、土地を借りて、作物を育てていました。その水呑百姓の家に生まれた秀吉ですが、織田信長が、身分を問わずに、雑用係を募っていたため、そこに応募したところから、秀吉の人生は変わっていきました。

最初は信長の草履取りをしたり、馬飼いをしていました。特に有名な話が、信長が、寒い冬に出かけようとしていた時に、草履を履いたところがぬくぬくと温かいことがありました。実は主人の草履を風邪をひかせてはならないと、草履を懐で温めていたというエピソードがあります。秀吉はどんな仕事を与えられても、不平不満を持たずに、真面目に取り組み、そして、結果を残していたことから、徐々に信長から認められるようになりました。

そんな秀吉が、信長が本能寺の変で亡き後に、天下を統一しました。それまではコツコツと着実に成果をあげていた秀吉です。明智の謀反を目の当たりにした秀吉は、家臣をおろそかにし、恨みを買えば、自分も同じ様な目にあわなければならないと恐ろしく思ったからか、非常に部下を大切にしていました。ある時に、秀吉と家臣とで、東山にいって、松茸を掘りにいきました。しかし、そこは有名なところでもあり、すでに街の人々によって、ほとんどの松茸がとられていました。「これでは、秀吉様を傷つけてしまう」と、家臣たちは慌てて、他で手に入れた松茸を東山に植えて、当日を迎えました。そして、松茸取りを堪能していると、松茸が、自然に生えているのではなく、植えられたものであることに気が付き、家臣が秀吉にその事実を告げると、そんなことはわかっている、しかし、そんなことまでしたしてくれたみなの気持ちを思えば子供のように喜んでいたそうです。こういったことからも、秀吉がいかに人望があったかがわかります。そんな秀吉の仰天エピソードにこんなものもあります。

日本はワシの◯じゃから

秀吉が非常に可愛がっていたペットが、鶴でした。その鶴を育てる係のものが、誤って逃してしまったことがありました。その係は、これは切腹だと、覚悟を決めて、秀吉のところへ行きました。

「秀吉様、申し訳ございません。私めの不手際で、お鶴様を、逃してしまいました。死んで詫びさせていただきますから、どうかお許しいただけないでしょうか。」と平身低頭して謝罪をしたところ、

「鶴は中国までいったのか?」と尋ねられると、

「さすがのお鶴さまも、海を渡ることはできないと思います、日本のどこかにおられると思います」と答えると、

「それならば、放っておけ、日本はワシの庭じゃから、庭を自由に飛んでいるのだから、よいよい」と世話役を許したというエピソードもあります。

日本が自分の庭というのも、非常に驚くべきことですが、さすがは天下を取るだけあって、懐が深いと感じます。成功する人は、やはり違うなと思います。

底の知れない欲の心

秀吉は、次々に武勲をあげて、そして、天下を統一まで成し遂げました。元々派手好きな秀吉であり、黄金の茶室をつくったり、様々なことが記録されていますが、その秀吉。日本をおさめただけでは満足できず、ついに、朝鮮へ出兵し、更なる領土拡大をしようとしていました。野望虚しくも途中で命を落としましたが、その戦いの途中、朝鮮を手に入れたあとは、中国へ攻め込むと、家臣に話をしていた記録が残されていたことがわかっています。

一般人の私達からしてみて、日本を手に入れたらさぞ満足ではないのかと思いますが、人間の欲には満足はなく、もっともっとと土地を求め、財を求め、渇き続け、私達は最後は、その欲に殺される人は少なくありません。その欲の恐ろしさを教えられた話に、こんな話があります。

とある国の王様があるとき、農民たちに触れを出した。
「オレの国へくる者には、土地をほしいだけ与えよう」
「王様、ほしいほどとおっしゃいますが、本当でございましょうか」半信半疑でやってきた小国の農夫たち。
「ウソは言わない。見わたすかぎりといっても区切りがつかないから、おまえたちが一日歩きまわってきた土地を与えることにしよう。ただ一つ条件がある。朝、太陽が昇ると同時に出発し、角々に杭を打ち、太陽の沈むまでに出発点にもどることだ。」

それを聞いて、さっそく一人の男が申しでて翌朝、太陽とともに出発した。最初は歩いていたが次第に足が速まり、やがて小走りになり、本格的に走り始めた。歩くよりも走れば、それだけ自分の土地が広くなるという欲からである。太陽が真上に輝いていることに驚き、慌てて、一本目の杭を打って再び走り出した。極度に疲れ、足は傷つき、血は流れ、心臓は今にも破裂しそうだ。しかし今倒れたら一切が水泡になる。彼は出発点の丘をめざして必死に走った。そのかいあって、太陽の沈む直前に帰着したが、同時に彼はぶっ倒れ、後はピクリともしなかった。王様は、家来に命じて半畳ほどの穴を掘らせ、農夫を埋めさせて、つぶやいたという。
「この農夫は、あんな広大な土地はいらなかったのだ。半畳の土地でよかったのに」

農夫だけではありません。みんな欲に殺されます。

この男を笑える人はいるでしょうか。金のために、朝から晩まで命の火を燃やし、使い切る前にこの世を去り、至るところで遺産争いが絶えません。どれだけお金を手に入れても、決して満足ができない姿は、この男も、秀吉もそして、私も変わらないのではないでしょうか。そんな秀吉のしくじりは、これだけでは終わりません。その秀吉のしくじりを通して、私達が知るべきことを続けて書いていきたいと思います。

続き

限りのない欲でどれほど恐ろしいことを思っているでしょうか 限りのない欲を、仏教では「貪欲」といいます。一般的には「どんよく」と読みますが、仏教では「とんよく」と読みます。金がほしい、モノがほしい、ほめられたい、認められたい、もっと、もっと[…]

最新情報をチェックしよう!