『SNS疲れとおさらば!?ブッダの示す処方箋』(前編)

誰しもSNSで、一つはアカウントを持っていると思います。連絡を取り合うためだけに使っている人もあるかもしれませんが、人とのつながりを増やすために、使っている人がほとんどではないでしょうか。SNSの投稿で、「いいね」を貰えると、自分を受け入れてもらっているようで、嬉しいものです。自分を受け入れてもらいたい、認めてもらいたいという承認欲求は誰しも持っていますが、その承認欲求を満たそうと、SNSをやっています。同じ趣味を持っている人を探すのも、自分の存在を受け入れてもらいたい、自分だけではないと思いたいからではないでしょうか。流行りの店を探していくのも、みんなと同じことをしたい、自分も輪から外れたくない、人とのつながりで、自分の価値を確かめようとしています。そういう形での承認欲求を満たそうと、多くの人がSNSを用いています。しかし、そのSNSを使うことで、良い面もありますが、逆に疲れてしまう人も少なくありません。

SNS疲れってどんなもの?

私たちは通知が来ると、どんな内容かが気になる。なにか、コメントが来ているかもしれない、メッセージが来ているかもしれないと、何度もスマホを確認することはないでしょうか。ちょっと時間ができると、まずは何か来ていないか、見る人は、SNS疲れに陥っているかもしれません。LINEならば、「既読」をつけたら、すぐに返信しないといけないと強迫観念にかられたり、Instagramならば、Instagram映えする写真をアップしないといけないなど、それぞれのSNSで形は異なれど、何かしらの緊張感があります。職場の上司や同僚とSNSでつながっていると、ずっと監視されているような気疲れもあります。最初は楽しんでいたはずが、途中から何かしらの使命感にかられることもあるかもしれません。逆に、自分の送ったメッセージには返信がないのに、SNSが更新されていると、無視されているのかなと思うこともあります。今日は、そんなSNS疲れを感じている人に、おすすめです。

★こんな人におすすめ★

SNS疲れをしている人
周りの雰囲気に合わせすぎて疲れやすい人

なぜSNS疲れが起きるのか

なぜSNS疲れが起きるのか、いくつかの原因を分析し、そして、どうしていけばいいのか、ブッダから学んでいきたいと思います。SNS疲れの原因は大きく分ければ2つになります。

1つ目は、本当の自分とのギャップです。

最初は等身大の自分を発信していても、徐々によく見られたいという心が働いて、背伸びをし始めます。普段はいかないような店に、いってよい写真をあげようとしたり、見栄え良くするために、服装にこだわったり、それどころか、加工アプリを使って、美しく見えるようにします。背伸びした投稿をすればするほど、SNSで嘘をついていることになるため、心苦しかったり、色々な人からリアクションがあっても、それは偽りの自分に対する反応で喜べません。本当の私はもっと◯◯なのにと、そのズレに苦しみます。

2つ目は、周りとの比較をすることです。私たちはついつい、周りと比較して喜んだり、落ち込んだりと、一喜一憂しています。

比較することで、負けておれない、頑張ろうと、なればいいのですが、多くの場合は、自信を失います。人気から言っても、上には上がいます。また、写真なども、基本的にみな、加工してアップするため、SNS上にあるものは、みんな高いレベルのものばかりです。ですから、自分の写真は加工前をしっているので、それをしっかりと加工されたものとのギャップが大きく、苦しみを繰り返します。

本当の自分とのギャップに苦しむ

少しでも自分のことを認めてもらいたいという気持ちが強くなればなるほど、「いいね」の数などを気にするようになっていきます。どれくらいの人が「いいね」を押して来ているのか、どうすれば、より「いいね」を得られるのか。ここが問題になってきます。そうやっていくうちに、自分らしさを見失って、周りに合わせる投稿になっていきます。わかってもらいたい、受け入れてもらいたいと思ってはじめたSNSでしたが、いつのまにか、SNSでも新しい自分を演じる場となってしまいます。しかし、注意をしなければならないのは、どれだけ、人の目を気にしても、みんなから認められることは絶対にありません。なぜならば、一人ひとりの価値観は違うからです。

仏教ではこれを「業界」と言われます。一人ひとりが住んでいる世界は、己の行いが生み出した世界だとお釈迦様は教えられています。スポーツをしていた人からすれば、オリンピック選手に憧れますし、小説家ならば、芥川賞や直木賞が気になるのではないでしょうか。何を気にするかは人それぞれです。どういうものに価値をおくかも、人それぞれですから、わかりあうこと、そして、すべての人から認められることはありません。お釈迦様の様な方でさえそうです。

「みなにて褒める人もなく、みなにて謗る人もなし」(法句経)

当時のインドでは、3分の1ほどの人が、お釈迦様を尊敬し、3分の1位の人は、関心を持ちませんでした。そして、残りの3分の1は、お釈迦様を謗っていたと言われています。自分を受け入れてもらいたい、認めてもらいたいとはじめる訳ですが、この願いをどれだけ満たそうとしても、満足はありません。

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  「自分を変えたい」、 「生きている実感を感じる生活を送りたい」、 「自分に自身を持ちたい」 「仏教について学びたい」、 「毎日どんな心がけで生きていくかを知りたい」 こんな事を、思うことはないでしょうか。 そ[…]

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比べて幸せになれるのか? SNSで気にしないようにしていても、ついつい周りの人と比べてしまいます。 フォロワーの数を比べたり、投稿の内容を比べたりします。 フォロワーの数も、上には上がいますから、これで満足ということはありません。 […]

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